旧花田家番屋

6月1日(木)
道の駅おびら鰊番屋付近の海岸 17:19
トワイライトアーチと松浦武四郎像
ニシン文化歴史公園
小平町マップ
小平町パンフレット
道の駅おびら鰊番屋付近の国道232号と日本海 17:19
道の駅おびら鰊番屋 駐車場
重要文化財 旧花田家番屋へ
重要文化財 旧花田家番屋 17:20
重要文化財 旧花田家番屋 17:20
明治38年に建築された道内最大規模の鰊番屋で全盛期の頃には200人のヤン衆がひしめき合いニシン群来を待ち構えていた。浜は祭りの賑わいをみせていた。
重要文化財 旧花田家番屋
創立は一説に明治29年といわれているが、今時の解体調査の結果仏間大引下の束に書かれた墨書やヤン衆寝台羽目板の落書から親方生活部分 の内部造作は、明治38年(壁紙下張の新聞紙の日付が明治37、38年)頃と考えられ、ヤン衆生活部分はこれより2~3年早くできたものと推定される。
故花田作三氏の生前の話によれば、明治29年頃山林を入手伐採、この頃から製材等に着手したものと思われる。この番屋は、すべて地元「大椴」の山から切りだし三半船で海上を運び、木挽の手によって製材された。
小平町では、昭和46年重要文化財の指定とともにこれを買収し、3年の年月と約1億9千万円の費用を投じて解体修復したもので、すでに稀有となった古民家建築物鰊番屋の代表的遺構である。
ニシン文化歴史公園
ニシン文化歴史公園 日本海オロロンライン
ニシン文化歴史公園 日本海オロロンライン
天登雁村㊁漁場と群来る像
天登雁村㊁漁場と群来る像
重要文化財 旧花田家番屋
重要文化財 旧花田家番屋
重要文化財 旧花田家番屋
重要文化財 旧花田家番屋
重要文化財 旧花田家番屋
重要文化財 旧花田家番屋
道の駅おびら鰊番屋
重要文化財 旧花田家番屋
道の駅おびら鰊番屋
道の駅おびら鰊番屋
ニシン文化歴史公園 日本海オロロンライン
群来(くき)の情景
明治の最盛期には年間100万トン近くの水揚げがあった。
1897年(明治3)の約97万トンをピークに1990年代後半で年間2000~3000トンになった。1999年留萌で群来(くき)が目撃され、その後石狩湾を中心に徐々に水揚げが増えてきた。最近の水揚げ量は、年間1万トン近くまで回復してきている。
2020年は約1万5千トン近くになった。2023年も鰊が来た。
ニシンの産卵で海が白く濁る「群来(くき)」もみられるようになった。

石狩湾系の鰊は、鰊資源を増やすために北海道主導で「日本海ニシン資源増大プロジェクト」が実施され、稚魚の放流、漁網の目を粗くし小さな魚は取らないようにする自主規制などが行われ資源復活のための地道な努力をしている。
道の駅おびら鰊番屋 17:28
「今よみがえるヤン衆のいぶき」
道の駅おびら鰊番屋
道の駅おびら鰊番屋
道の駅おびら鰊番屋
北海道 小平町パンフレット
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